画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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水神

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身体で往き、身体で考え、身体で悩み、身体で痛み、身体で想うのだ。それが生きるということなのだ。
と、旅たちは教えてくれる。


綺麗なことばかりではない。汗、暑さ、遠さ、暗さ。
わけの解らない疲れ、どうしようもない孤独が、身体に消えない傷のように刻みこまれた。


そんな傷に、しみいるものは、水だった。
今年の旅の記憶は、日本の血脈深く流れる、透明な水の記憶に尽きる。



一、

五月。奈良への古美術研修旅行。
数年来の仕事の疲れから解放されたく、心を無にして、引率のくせに漂うようにそこにいた。
今までの生活への様々な拘泥を棄てたい時でもあった。



最後の夜。三々五々に散り、眠ったり入浴にいったり、だらだら飲んでいる学生たち。
自分も特に盛り上がることもなく過ごしていたが、夜の春日大社に行ってみたくなった。
いつも私に怒られてばかりいる狐みたいな変わった女の子。クラスで一番無口の類に入る背の高い中原中也帽子の男の子。洗い髪を乾かさないままきょとんとしている静かな女の子の三人を何となく誘い、普段は絶対にあり得ないようなメンバーで夜の散歩をすることにした。



取り留めない魑魅魍魎たちのようなぽつぽつした会話と裏腹に、普段は歩くことのない森の暗さの中を深く深く足は進んで行った。
灯のない春日大社の夜はどこまでも胎内のように続いていた。
時々木立が途切れるところから漏れる、月明かりが砂利を薄青く染めているぼんやりした箇所だけが、目の手がかりだった。
時折、激しい獣の糞の匂いと、どこかの水の流れだけが、道を教えてくれるようだった。
ちょろちょろと遠く近く、常に水源の気配は私たちを無視して、急いて行った。
不思議なほどためらわず飄々と前進する学生たちに対して何度も私は、暗さに戦いて足が止まった。



眠りの只中にある土産屋街のところで、闇を割るような水銀灯の光にとつぜん出くわした。
なにかの目のようにそれは見開いていた。
その光を見たとたん、記憶の雷に打たれるように私は慄然とした。
子供の頃いつか感じたはずの、闇の深さへの本物の感覚が、身体に走ったのだった。
横手には、ヌルリとした芝生の若草山の斜面が延々とそびえ、闇に消えていた。



かつてはよく敏感に感じていた感覚。
名もない世界との結界に緊張し、凍り付くあの予兆だ。
気配に向かって、総身の産毛が逆立って警戒する感じだ。



再び手探りで甘い森の木々の匂いの中を進んで行くと、暗い紫の猿沢池の表面に、朦朧とした多角形の東屋が浮かんでいた。
それも過ぎ、木立の中にまた突然弱い灯の群れ、個別に独立した小屋のような建物群が点在しているのを見つけた。それはお忍びの料亭の、個室の離れの灯なのだった。
それらにも、急にこの世の知らない部分の奈落を感じて、ぞっとした。
誰かが創ったはずの夜の門灯や水銀灯が、人の世の時間を離れて独立した生き物のように喋りだす時間帯というのがある。それが昔から怖かった。



濃藍の水底を探るように森を歩き、やっと抜けると、漆の空になぜか昼のような白い雲が流れていた。夜の、墨流しの曇天。月がカッとこっちを見ていた。



花札の坊主の札のように、広大な何もない丘が、黒の背景の中に青く横たわっている。私は、走りたくなって、走り出した。
洗い髪の女の子が突然身体のなにかを解放したかのようにバッと髪留めを解き、私の先を猛然と駈けて行くのを見て、感覚が飛鳥時代に一気に飛んだような気がした。
魔に化かされたように、私たちは何もない野をうろうろ歩いた。
狐に似た女の子は途中で何かに足を滑らせて水にはまり込んだ。妙に細い溝で、五十センチくらいの長さの木片で橋が駈けてあった。
小川らしい小川。いわゆる野原の小川。



どこをどう歩いたのか、宿舎の明るい灯の下へ帰り着いた私たちだったが、魔力を解かれたように、それぞれ無口にまた別れた。
大部屋では他の学生が楽しそうにゲームに興じていて、あ、先生、と明るく酒など薦めてくれたのだが、何故かその時は完全に神仙に身を捧げてきた帰りのような気がして、ひたすら夜中じゅう、冷たい水だけを飲み続けた。


沢山の寺社を見て、旧同僚に会ったり壬生狂言を見たり、古美術研修自体は充実していたはずだったのに、この最後の夜に何者かに魂をぬかれてしまったようで、今はもうなぜかこの夜の暗さと深さだけが繰り返し蘇る。
そして帰ってきてから、どうも私の脳内も、新しい水に取り替えられたようだ。



二、

理由あって、インターネットで見つけた小さなとある神社の写真の場所を、探しに行くことになった。
あの猛暑。
避暑に、と思っていた「北の土地」は、涼しさの欠片もなかった。
閑散として、廃れた町の何処にも人の気配はなく、思い描いていた田舎の懐かしさや優しさの幻想など、なかなか出会うこともなかった。



旅の過酷な実情に慣れてきた身体だったが、ほんの小さなプリントアウトの写真と、無名同然の神社の名だけを手がかりに、観光案内所などを回るのは、若干無謀だった。



道を聞いた現地のひと数人のぼんやりした記憶。
檻に閉じ込められたカラス、ある植物の特徴的な畑の傍、それらが属する広大な部落の名.....
それだけの乏しい手がかりだけを持ち、延々と歩き始めた。



熱中症の恐れもある酷暑だとよく解っていたし、十分な水も帽子もサングラスも常備していたのにも関わらず、途方もない行軍だということにすぐに気付いた。
延々と田の中を、民家にも自販機にも通行人にも出会わず、ただ進むしか方法はなくなっていた。
街に戻るにも同じ距離、次の街まで行くにも同じ距離。
死ぬかも、という本当の恐怖がいきなり襲い、そのおそれからくる目眩に座り込んだ。
何百メートルかごとにあるなけなしの木立で、いちいち休息しながら行くしかなかった。



私を救ったのは、通りすがりの用水路や、ちょっとした祠の脇にある手水だった。
見境もなく私は頭から用水路に突っ込み、服ごと頭から足まで水浸しになるほど何度もペットボトルに水を汲んでは浴び、汲んでは浴び、濡れ鼠の状態で歩いた。
その度に生き返ったように体温が下がった。
水、稲、神、というこの国の懐に、ほんとうに抱かれたのは、生まれて初めてのような気がした。


辿り着く神社ごとに、水神様にぶつぶつお礼をいい、手を合わせて、また先に進んだ。


「広大な田の中の小さな社の森と、ぽっかり田から独立した背の高い植物の畑のある風景」に辿り着いた時の不思議な気持ちは、言いようもない。
そして、あのとき浴びる傍から身体にしみ込んで蒸発していった、「命の水」の感覚を今でも忘れることが出来ない。
by meo-flowerless | 2010-12-27 03:37 |