画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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軽井沢

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展示作業日の朝。美術館のSさんの車のラジオで、FM軽井沢がかかっていた。
Sさんによると、このFM軽井沢では、毎朝、天気予報のように大真面目に「モンキー情報」を流すという。
「何ですかモンキー情報って」
「うん。『今日の猿のお宿は県道○○号路上。千が滝地区の方はご注意下さい』とかね。猿の出没エリアを報告するのよ」






そういえば今、山を逐われた猿の群や熊が日本のあちこちの町に現れている。猿は凶暴で、群になると手がつけられないらしい。
山麓の町には最早珍しいことではないのかもしれない。でも、J-WAVEとあまり雰囲気変わらぬ音楽をゆるく流す非・ローカルの音の中に、突然大真面目に「猿予報」が差し込まれるところを、是非聴いてみたい、と思った。「猿」と言わず「モンキー」と呼び、テイストを甘めにしてあるところに哀感がある。

朝からホテルのFM一局しか入らぬ机つきラジオに耳を澄ましていたが、残念なことにこれはFM長野だったので、モンキー情報は聞けなかった。
日本の様々な土地に、こういう地元ラジオの地元民のためのニュースがあるのだろう。
                
             ******************

ラジオではないが、牧場の息子だという友達の家には、「酪農電話」か、そう言う種の特殊電話があったといっていた気がする。地元の事情に裏付けられた密な通信経路。青森には「りんご電話」とか、枕崎には「カツオ電話」などが、あるかもしれない。

噴火前の三宅島に訪れたとき。
民家を少し改築しただけのかき氷屋に入った。玄関に置いてある食虫植物の鉢が虫を溶かす音くらいしかしない、静かな営み。
部屋の隅には「噴火時緊急電話」が設置されていた。電話の上には「避難原則」の貼紙がある。
向側に見える勝手口から、前噴火時にできたと思われる黒いかさぶたのような溶岩斜面が、西日の空を背景に覗いている。
思わずぞっとした。
木々に囲まれた家。外からは、裏にそのような殺伐とした斜面があることはわからなかった。が、まるで勝手口が異界への扉であるかのように、突然途絶えた木立の隙間に惨事の痕跡が口を開けていた。
遺跡のように残されている溶岩埋没小学校を見たときよりも遙かに、民家の裏口にそのような光景がすぐ繋がっていることに衝撃を受け、「ここは本当に火山の島なのだ」と実感した。
どこの家にもあの緊急電話が当然のようにあるのだろう。

そういうものたちは、他の土地の者が面白半分に珍しがっていい類の物では、決してない。
そういうものたちを余所者が珍しがるほど、土地の人は変な顔をし、時にはいやな顔をする。
しかしやはり私は旅先でそういうものに出会うと、他の観光資源や名所よりも、どうしてもそれらから眼を離せなくなる。

ラジオや電話からはまた話が飛ぶが。
この春、鹿児島の端の恐ろしく静かな漁村・山川を訪れたとき、本州ではあまり見掛けない墓地を発見した。
いつかこの連載にも書くと思うが、墓の一つ一つが家のようなものに囲われ、何十センチもあるような見事な供花の束に飾られている、大変に美しい墓なのだ。沖縄や奄美には多いらしい。
あまりに静かで美しい光景。印象に残ったので指宿の宿から二日間その町へ通って墓を見ていた。

昼間は人っ子一人通らないような極端な過疎の漁村である。それなのに、常に誰かがその墓の掃除、手入れ、そしてあの大きな花束作りをしていて、墓だけは活気が絶えない。枯れている花など殆どなくて、百合、グラジオラス、アルストロメリア、皆思い思いのデザインの供花と花の種類に彩られている。
墓のあちこちにおばさんたちが佇み、腰掛け、談笑している。ここはある種の漁村のサロンなのだ。花束を作る人を見ていると、毎日、毎日、その花のためだけに何かを一心に賭けてきたような情念すら感じた。

墓の写真を撮るのが気が引けたので最初遠方からスケッチしていたが、墓の前に住んでいる年輩の女性とたまたま話をするうち、昔、海難で死んだ祖霊を祀る華やかな盆飾りに彩られたその墓のようすや、漁村の昔の賑わいなど興味尽きない光景が浮かび、やはり写真を撮らせてもらうことにした。
それくらい美しい墓になると、訪れた人は皆珍しがって、写真を撮っていくらしい。
こちらの思い込みかもしれないが、漁村の人にとっても、それは一種の不思議な誇りであるように思えた。

旅人と、その土地の人の距離というのは時に難しいものだ。
しかし、その間を分かつ一線をどこかで少しでも踏み越えない限りは、旅というのは私に取っては「旅行」あるいは「観光」の域を出ないものとなる。それでもいいのだが、決してあとで印象には残らない。
また、意図的に「取材」と称した一線の越え方も、やはり偶然発見する「旅の魔法」からはかけ離れた結果に終わることが多い。
偶然の出会いと、風景と心の焦点の思わぬ合致と、土地人の旅人に対する不思議な許容感覚が思わず揃ったとき、旅の魔法は生まれる。

観光というのは夢を売る資源であり、それで生活を支えられている人が多くいる。
そこにちっともお金を落とすこともなく、無責任に土地の現実や裏側を凝視してしまう私のような旅人など、迷惑千万だろう。
けれど、人はおそらく昔からそういうよそ者=「異人」という存在を、生活の登場人物のうちに自然に数えていたはずだ。
ということで許してもらうことにしよう。
墓の花を見つめても、せめて、その墓の霊の静けさをかき乱すことは絶対にしない「異人」でありたい。

             ******************

今度軽井沢に赴くときは是非モンキー情報に耳を傾けたい。
「モンキーのお宿」という言葉で猿出没を捕らえる軽井沢人の感覚に、何となく興味を惹かれる。
美術館の屋根にも勢揃いして並んでいたという猿の大家族をこっそり見てみたい。

モンキーたちはどこにお宿を取るかは知らないが、私自身は次に軽井沢の美術館を訪れるとき、どの町に宿を取るかもう決めている。美術館からは少し離れている、ある町。セゾン美術館の館長さんから薦めてもらったのだ。「芽生さんが好きそう、な」というたった一言短い紹介付きで。
リゾート地の開発、そして新幹線建設などの裏側で、様々な新しい事情の掃き溜めや吹き溜まりになっている地点があるだろう。次の「孤高観光レポート」は、そういう地点についての手記になるかもしれない。




by meo-flowerless | 2005-10-11 15:41 |