画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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私のために

私のために




自分の思考を綴り省みる、というような暇もなかった数年だった。
が、自分のこころのために、その暇くらいは作ろう。

「もういい加減君は飽食している。それでも絵だけは虚無だった。虚無が君のしるしだった。けど今、それすらも変わろうとしている」
と昨夜いわれた。
随分前から自分でもわかっていたが、いよいよ狂気一歩寸前で、一番静観していた伴侶にポンと肩を叩かれた。
「一言だけ言う。足るを知れ」

この無意味な飽食の裏には、どうにも行場のない思いがあるのだということは自分でわかっている。
その思いを収めようと始めから思わない。ただそれとすり替えに無感情に浪費を繰り返した。
もう、やめようと思う。この虚栄はもはやグロテスクだ。
手に入らないものは手に入らない。別の代償をいくら山のごとく積み重ねてもあれは私のものではない。
それがいかに取り戻したかった青春の幻であっても。欲しがってはいけない。

密愛村完結までは、この虚栄の末路を描く。今の私の真実の膿を出す。
制作には様々な本気の動機がある。私はもっと派手に愛してみたかったのだ。できなかったが。

密愛村が終わったらもっと何もない場所に旅に出る。
ボールペンだけ持ってく。そこだけは昔のようにやる。
空っぽな悲しみが幸福なのか、空っぽな幸福が悲しいのか、未だに私にはわからないが、
かつてその空白が私の生きてきた場所だというのは確かだ。

明け方のテレビではお払い箱になって檻に閉じ込められたままのロシアのサーカスの熊が映し出されている。
太り続ける私みたいだ、と思う。
短い電話あり。遠いところでそろそろ眠りにつくと言う。
『砂の器』のように荒れ果てた海岸をひたすら黙って遍路する男が浮かぶ。
馬鹿なサーカス熊を連れて、あてない曇天に向かってずっと歩いていく。
by meo-flowerless | 2010-06-21 05:27 | 日記