画家 齋藤芽生の日記 Twitter/ @meosaito


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混線電話

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中学生の頃から寝床で深夜ラジオをよくつけていた。
聴きたかったのは内容ではなく、一種のノイズ音楽のような心地よさだった。
受信しづらい異国のラジオ局が特に好きだった。当時まだソビエトだった頃の「モスクワ放送」や中国語放送が、大風のように寄せくる雑音のなか、切れ切れに聞こえてくるのなど、たまらなく良かった。
周波数が安定せず、音声が異国に寄ったり日本に寄ったり、どちらも遠ざかって雑音に戻ったりする。雑音は激しい荒波を思わせた。
ザッと突然主張してくる北朝鮮らしきハングルの乱数放送など聞こえてくると、当時その目的を知らなくとも、なにか自分の空間をジャックされたような小さな非常感とスリルを感じた。



ラジオの雑音から派生した憧れは、混線電話に対する憧れだ。
初めて混線電話に当たったのは、大学に入り長電話するようになった頃だった。
携帯もない、アナログ回線の時代ならではの話だ。
友と話しているはずなのに、誰か女が口を挟んできたのでドキッとした。友は何も気にせず会話を続けているが、時々「ふん」とか「たっ」とか意味不明の女の相槌が聞こえる。
「ねえそこに誰がいるの?」と聞いても友には何も聞こえないらしく、君はなんかのまぼろしを聞いてんのかと怖がるばかりだ。



そのうち、その女が相槌を打っているのではなく別のおしゃべりをしているのがわかるようになってきた。これこそが混線電話なのだと気づいたときに異様なくらいに感激し、拍手したいくらいの気持ちになった。あのときの感激はいったいなんだったのだろう。暗い台所の闇の中で電話していた、その光景も克明に覚えている。その音声だけをじっと聞く為にしばし友を黙らせた。



友は全く混線の声が聞こえないので苛々し始め、また私たちは会話に戻った。すると今度は混線の向こうの女がどうやら混線に気づき始めた雰囲気だった。
女は「もしもーし」を繰り返し始めた。こちらに語りかけているようだ。とんでもなく遠くの望遠鏡のなかの手の届かない人々が、こちらに向かって必死の手を振っているような気がした。
この奇妙な切なさは「遭難」感覚だな、と思った。
ラジオの雑音に感じていたのも、難破船の音信のような不安感と悲哀だった。この電話の女も、今どこかの時空に置き去られて迷子になっているのかもしれない。
「もしもーし、聞こえますか?」と試しにこちらも言ってみたら、それだけが聞こえたようで、女が一瞬黙った。



雑音に阻まれ、その後混線電話の主と意思疎通出来たということはなかった。
その後二度ほど、混線電話を経験をした。向こうがなにか深刻そうな話をしている声音を、こちらだけ聞いてしまうようなことがあった。はっきり内容までは聞こえないのだが、自分という存在が消え、他人の人生の背後の壁にに塗り籠められているような怖さがあった。



混線の感覚は、いまでも好きである。日常にふと通信が混濁するような状況の中で、自分の位置をひととき見失いたい気持がある。
「漂流をする」感じが自分には大事なのだとは、別のことから自覚していた。修士論文もそんなことを書いたが、あの頃はまだ言葉の上っ面でしかそれを書けていなかったように思う。
自分がなぜ漂流者の不安を持ち続けたいのか、遭難の不安定さのなかで途方に暮れたいのか、は簡単に理由を説明できることではない。実際にそうなったら、小心な私は心細さに衰弱死するかもしれない。惹かれるのは「実際の」漂流や遭難では、ないんだろう。



自我から逃れる漂流、忘我の海での遭難、のことを、私は執拗に書いたり描いたりしているのかとも思う。自分の記憶以外の他人の記憶に通信ジャックされているような感覚、雑音の荒波の上で人生の難破船が交錯するような想像に、いまも胸がうずく。
# by meo-flowerless | 2017-02-04 16:42 |

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# by meo-flowerless | 2017-02-01 22:38 | 日記

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# by meo-flowerless | 2017-01-17 00:33 | 日記

根津甚八死す

根津甚八が死んでしまった。うう…
いい役者、大好きな役者が。
思えば高校くらいの時から、好きな芸能人を聞かれても、好みのタイプを聞かれても、憧れの男を聞かれても「…根津甚八」とボソッと答えてたものだ。
正直ほかに好きな俳優などもいるし、付き合う男も根津甚八には別に似ていなかったが、とにかく「根津甚八」と言いたい、というのがずっとあった。


出演作品全て観ているファンなどではなく、話題を博した【黄金の日々】の石川五右衛門役も見ていなかった。いつ、この役者がいいと思うようになったかは覚えていない。


高校の頃、近所の図書館の貸出カセットテープのなかに根津甚八の歌集を見つけ借りて帰った。その暗い声に惚れたというのもある。最初の曲がなんと【上海帰りのリル】で、あまりに陰鬱で淡々としていた。ほかに中島みゆきの【狼になりたい】と【ピエロ】があったが、どうしようもなく朴訥で、それが私にとっては絶品だった。
どちらも中島みゆき自身が情感込めて歌うと本当に名曲、根津甚八バージョンは声も小さく地味すぎる。が、私にはこの二曲は根津甚八の世界のなかではじめて情景が立ち上がる曲、静かな火が点る曲だ、と思った。



彼を形容する褒め言葉はいくらもあるんだろう。渋さ、色気、味、しなやかさ、アングラの雰囲気、静かな狂気。しかし、何かもっと、ある。もやもやした形容しがたい魅力が。



柳町三男の【さらば愛しき大地】で、シャブ中の果てに放心した根津甚八がじっと家の外を暗い目で見つめている場面がある。その目に映るのは、北関東の稲田にざわめきながら渡って行く嵐の前の風だ。
あのシーンのあの目に、自分にとっての根津甚八の魅力は凝縮されているように思う。



高倉健的なアイコンのような男ではなく、逆にもっと癖のある演技派の俳優たちに比べれば突出して虚無的で、色気はあれども色恋を想像させるようでもなく、ダンディな丸みを帯びたいいおっさんにもならず。
うまく言えないが、いつでも「人間の素の形を感じる男」と思いながらいつも画面を観ていた。
亡くなっても、そんなに映画を多く観ていなくても、忘れられない影であり続けるだろう。
「生前なんとなく相容れずに死別した、親族の男の誰か」みたいなもどかしさ、懐かしさ、切なさがある。
# by meo-flowerless | 2016-12-31 03:02 |

多摩河原

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静かな日。晴れてはいるけれど、なんとなく世界中から血の気が引いたような日だ。たんに人の気配がないだけかもしれない。みなどこへいったのだろう。
暮れの買物客は立川駅でも一定数は見かけた。けれどバスに揺られて多摩川近くの団地に降り立つと、ゴーストタウンのように誰もいなかった。


特にその団地に用があったわけではなかった。
去年買ってあげたハーモニカを最近あまり吹かないね、と夫に言ったら、人のいない所に吹きに行くのだと言いながら、当てずっぽうに夫に連れて来られたのだ。


彼は最近、住宅街にある平凡な「公園」に興味があるようだ。この団地のバス停に降り立ったのは地図上の「めいろ公園」「おもしろ公園」「せんべい山公園」が気になったかららしい。
団地内の片隅の、なんてことない遊具しかない場所だが、人の気配のなさがシュールさをかきたててとても良い光景に映った。まるで、ソビエト時代の遺構か、火星のパラレル世界か何かのようだ。


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コンクリートのきのこのようなテーブルやいす、誰も興味を示さなくなった地球ののりもの、宇宙のタコ的生命体を模したような滑り台。丸い体の鳩たちが、落葉の中に種を探して忙しげにしている、それだけがいきものの気配だ。
最後に辿り着いた公園に、西日にあてられ銅像のように場所になじんでいる無言の子供が三人くらいいて、異物を見るようにこちらを凝視していた。団地内のよそ者....それはそうだろう。
しかしこちらも不意に出会ってぎょっとさせられ、宇宙人の子供を目撃した気分だった。



団地の壁は幾度か塗り替えたのか、白く清潔で、洗濯物に垣間見える人々の暮らしもしっとりと奥ゆかしい。老夫婦ばかりなのだろう。
比べると、自分のかつて住んでいた団地はもう少し雑草にはびこられ、無人化していたな、と思い出した。
かつて商店が建ち並んで居たであろう通りは、なんとなく面影でわかるのだが、今は住宅に立て替えられていたり、正体不明の空店舗がただ冬日に晒されたりしているだけだった。



そしてその後、多摩河原をひたすら歩いた。
枯野はあまりに広大で、夕空は不思議なグラデーションで丸みを帯びて見える。更に火星に居るかのような気分で、黙々と地面を踏みしめた。
会話は何もない。ずっと私は私の考え事に没頭していた。夫もそうだろう。
どちらもそれぞれ、孤独を欲する質だと思う。中でも今は「荒涼に圧倒的に呑まれるような孤独」のようなものに飢えている。
葦の野原を一面雑に刈り取った敷地が、遠くの水面までずっと続いている。しかし葦の鋭い根が至る所に残り、自分のボロ運動靴の底に突き刺さり、靴が壊れ始めた。靴底に「くつたろうくん」と書いてある愛用のボロ靴だ。瀕死のくつ太郎をいたわりながら歩いた。


この場所。小学校一年から電車通学をし、来る日も来る日も車窓から見下ろしていた河原である。
高校生の頃の学習塾の講師が、この葦野原が火事で燃え上がって炎のカーテンになっていた、という話をしていたのを思い出した。その話の後でしばらく自分は、焼跡らしき広大な黒い三日月型を電車で見下ろしながら通学した。
抽象的な想像だが、言葉にならない形容も出来ないものがいろいろ燃えたに違いない、と思っていた。宿無し人の生活の痕跡も、水害などの歴史も、他の様々な気配たちも。
別の時には、彼岸花の真紅の横に打ち捨てられた綺麗な桃色のスクーターを見た。
また別の時には、誰にも邪魔されずにススキの中を追いかけ合う男女の高校生を見て胸が憑かれるような気持もした。


この河原を一度も歩いたことがないのに、何度もこの河原を歩く空想が自分の文章にでてきた。絵にも描いた。他の町の多摩河川敷では駄目。この中央線高架下こそが、自分にとって生涯心に残る私の多摩川だろうと思う。
が実際降り立つのは43歳になって初めてなのだ。複雑な思いがする。


十分ほどひたすら葦を踏んで歩くと、石がゴロゴロした河原にようやくでる。
そこからは、見事に中央線の鉄橋が見晴らせる。後ろを向くと、富士山がくっきり遠くに全容を見せている。今度は長々と、歩きにくい石の上を歩いた。
中央線を見ながら、プープカとハーモニカを吹いた。離れた場所に座り込んだ夫はへたくそなので、すぐ吹き止めた。私はいくつか曲がふけるが、「冬景色」「旅愁」「ふるさと」「朧月夜」そういうのを吹いた。しかし何だかわびしくなってしまい、私も吹き止めた。
中央線を見上げながら、その車両から河原を見下ろしている「もうひとりの自分」の視線を想像した。実際には、誰もこちらなど見ていないようだった。



夕陽はちょうど、富士山の真後ろに沈んでいった。沈む瞬間を私達だけではなく、どこかの妙にダンディーな父娘が、「なんだあっけない」などと実況しながら、後方で見守っていた。
とても体が冷えきった。夫の心はたいやきを求め、私の心はたこやきを求めていたが、殺伐とした多摩郊外の町にそんな店は見つからなかったので、凍えながら帰路についた。

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# by meo-flowerless | 2016-12-28 23:32 |

【みちのくひとり旅】 山本譲二

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一緒にテレビを見ていた父母が北島ファミリー推しではなかったので、1980年に山本譲二が【みちのくひとり旅】をヒットさせたときも7歳児の私は、一見シレッと黙って、その歌が流れる画面が移り行くのを見ていた。
しかしいまになって思う。その時は好きとは思わなかったその歌こそが、自分の心に歌・男・女の色濃い三角形を刻み込んだのだと。



「お前が俺には最後の女」
はっきり覚えている。この一言は7歳児の心をも、ズギューンと撃ち抜いた。
他の歌詞の部分は覚えはしなかったが、彼が歌を盛り上げていき、クライマックスで繰返し絶叫し最後に呟くこの一言は、恋愛だの流浪だのの意味が分からなくとも、叫びとしてストレートに伝わってきた。



同じ頃に流行った【雨の慕情】の「雨雨降れ降れもっと降れ 私のいい人連れてこい」、【異邦人】の「貴方にとって私 ただの通りすがり」、【ダンシングオールナイト】の「言葉にすれば 嘘に染まる」などの歌詞も、子供心に気になりはしたが、結局「んまあ大人はいろいろうまくいかないこと多いんだね」というくらいにしか思えなかった。
しかし、譲二の唸る「最後の女」は、腹にパンチを受けたようなインパクトで、納得させられた。「そう言われたら女は本望だ」というのを、なんらかのもっとかんたんなコドモ語で、心に呟いたのだった。
父母が流れ者だったわけでもなく、円満な静かな家庭しか知らぬ自分が、何故その言葉に動かされたのかはわからない。



思春期のある日、本の中に「男は最初の恋人になりたがり、女は最後の恋人になりたがる」という一節を見いだした。
「...みちのくひとり旅じゃん」と呟く。それが、かのオスカー・ワイルドの有名な一言であることも知った。
そのときなにか、とても不機嫌な気持になったのである。うまいこというなあ、さすがだなあ、と頭では感心しても、譲二の叫びを最初に聴いてしまったこの身体が、それを許さん。
「文学者が気取ったこと、わかったように言いやがって」というむかつきがほんの少し、よぎったのだった。オスカー・ワイルドの言葉から【みちのくひとり旅】の歌詞が生まれたように推測出来るのだが、私には違うのだった。



いま改めて【みちのくひとり旅】を聴いて、考える。一見共通点のあるようなオスカー・ワイルドの言葉との、しかし決定的な違いはどこなのか。オスカー・ワイルドの言葉が、上からの俯瞰視線で男と女をわざわざ対置させていること、余裕しゃくしゃくな皮肉を帯びていること、恋愛における生物学的ズレのみを言い当てていること、違いの理由はいくらもあるだろう。
でも私自身の感じた違いは何なのか。お前、と私だけが名指されているように感じることか。でもそれだけでは足りない。



オスカー・ワイルドの言葉の中の男女は瞳がかち合ってないでズレている。しかし譲二と女(私)の心の瞳はかち合っているのだ。
譲二が、これが最終女と認定した女を「背中の目」で見つめながら暗に言っているのは、「俺はお前の最後の男、と今だけは信じさせてくれ」である。
その後の女が実際に貞節を守りきるか信じてはいなくとも、「今だけは」 信じさせてくれる心の瞳のかち合い、を譲二は求めているんである。



月の松島、しぐれの白河。歌前半には、男の彷徨の長さが簡潔に凝縮されている。
譲二の長い足がとぼとぼと海岸を歩き、町に流れ着いて誰かと束の間の所帯を持ち、またふらりと出て行ってしまう夜明けの駅。高倉健の映画等に重なって場面が浮かぶ。
高倉健の徘徊の世界は、俯瞰して見てしまうと「なーにをこの男はまた同じことワンパターンに繰り返して」なのだが、絶対に絶対に俯瞰してはいけない。いわゆる母性本能なぞが働いて「ほんとにしょうがない人」などと包み込む心理も、いけない。女は線路の際に黙って立ち、列車が去った方向を「水平」に見送らなくてはいけない。
男は長く孤独でいると獣に近づく。獣が極限で求める他者の視線というのは、たとえ相手が女であっても同じ「獣」のものなのではないか。それは俯瞰しても雌伏してもいけない、同じ高さの目線の、沈黙のやり取りなのだと思う。



サビの訴えかけるような繰返し。
例えどんなに恨んでいても、例えどんなに灯が欲しくても。
例えどんなに冷たく別れても、例えどんなに流れていても。
このボディブロー。譲二はパンチドランカーの痛々しい姿の最後の煌めきを放つ。運命はそうやって、留まる所のない襲い方で人を襲い、翻弄する。
血みどろでやられっ放し、ふらふらの男を見て心引き裂かれながらも、本能的にそれを「止めてはいけない」とわかっている女心が、「お前が最後の女」の一言で、瀕死のボクサーの腕が絡み付いたリングのように黙って男を受け止める......
いつしか【あしたのジョー】の話になっている。



要するに、自分の言いたいのはこういうことだ。
なにも女(私)は「自分こそが最愛の人になりたい」わけではない。なったら嬉しいけど、それで満たされるのはプライドだけなのだ。
それは、男の何かに惹かれ目が離せぬ女の本能とは、関係ない。



男の人生を、見ていること。じつは、容易なことではないと思う。
結婚しさえすればその権利を得てまたその気持を維持出来る、というわけでもない。流れ着いた最後の愛人だからといって、男のそれまでの彷徨を理解出来るわけでもない。それは、男女が互いのどの位置に収まることでどういう価値を守り合っていけるとか、という話では無いのだ。
男には何かを「見せる執念」と迷いが残り火のように残っていなくてはいけないし、女にはその残り火の光を「見ぬく執念」と勘が要るのである。演歌ではそれを、未練と言う。未練とは、グズグズとした情の縺れなんかであるよりも、人生の本気の「執念」の別名である、と思いたい。これは男女の問題というより、人間の烈しさや密度の問題なのだ、と。
仮に「お前が最後の女」と言われ、自分の心が本当に報われる部分がどこなのか、と言えば、お前が一番魅力的だったとか、お前の懐にようやく帰り着いたとか、お前が好きだから一緒に生き死にしたいとか、のニュアンスではない。
それは、単純なようだが、「お前には俺を見る目がある」というたった一言の意味だと思う。


まあでもやっぱり、何で7歳児にそれが響いたのかは、わからないなあ。
とにかく昔の演歌は、いいですよね。
# by meo-flowerless | 2016-12-26 01:11 |

【十九歳の地図】柳町光男

先日、阿佐ヶ谷の映画館で【十九歳の地図】(柳町光男’79)を観た。夫に誘われたのではあったが、遠い学生時代に何かの本に書いてあって観たいと思っていた映画だ。
解説を読むと、中上健次原作だった。時代は1979年バブル前夜の東京の片隅。新聞配達員の青春の鬱屈、雰囲気は何となく想像出来た。
が、実際に観た密度感は、当初の想像を凌ぐものだった。例えば若松孝二のある意味わかりやすい「芸術のニオイがするまでの暴力性」とはぜんぜん違う。これも緊迫感のあるジャズが時々映像のアクセントになっているが、その音楽も前衛的な緊張感よりはリアルな生命感を感じさせる。
全面が赤い煮こごりの中に沈んだような色彩で撮影されているのが、底辺の沈殿の圧迫度をより密に感じさせる。上空は冷たく醒めていて下辺は澱んで熱い、という感覚が、東京だ。


イヤになるほど緻密な、人生の薄汚さ。
新聞配達の日常に俯瞰する家並の一軒一軒に破壊欲を沸き立たせながら、自分だけの東京地図を繰り広げていく青年が主人公だ。役者なのか素人なのか、ひょっとすると知人なのか自分自身なのか...わからなくなるような朴訥な存在感の男。
今の時代だったら無意味に浮遊感のある殺意などの描写に結びつけられてしまうのかもしれないが、この映画の焦点はそういうものではない。この世の見えなさと貧しさに押しつぶされそうなはずなのに、地面を足で踏みしめ体で確認していく手応えと、妙に自由な疾走感がある。


どうしようもなくだらしない先輩役の蟹江敬三も、真骨頂という感じがする。あれほど薄汚くみえるのに、スミレの花か澄んだ雨のようなロマンも、同時にある男。
また、出てくる女たちには共通の窶れた臭気がある。汚いアパートの一室のむっと籠った、便所と蒲団の汗と化粧のすえたニオイが届いてきそうだ。
蟹江敬三言う所の「かさぶただらけの苦しげなマリア様」、そのほかにも黄ばんで皮脂の枯れた銀歯だらけの、だけど菩薩のような顔をした女がちょこちょこでてくる。どうしようもない底辺の女ばかりである。しかしそれら登場人物の女に背負わせているのは色恋でも肉欲でもなく、けれど不思議と重苦しいだけの人生だけでもない。


マリアが住宅街のススキの空地でダラしない下着から真剣な顔で放尿をしている姿に、なにか自分の人生のどこかで交錯したような気のする誰かの、「私には手の届かない自由」を感じてしまう。
この饐えたニオイの東京の底辺は、父母がすれすれの間近に観ながらも必死で、幼子の私がそれを目撃することの無いように遠ざけてきた東京の姿だ、とも感じた。



柳町光男監督、もっと別のを観てみたいと思い、検索して、あっと声を上げた。学生時代にビデオで観て、どうしても忘れることの出来なかった不可解な映画【さらば愛しき大地】の監督だった。
やはりな....と妙に感慨に耽った。
【十九歳の地図】より、更に救いもなく停滞感のある映画で、関東の農村にはびこる倦怠と麻薬が印象的だった。しかし不思議に澄んだ叙情が余韻として残った。あんな不快な描写の連続を全ての観客がそう感じるわけでは絶対ないだろうが、あの静謐さはわかる人にはわかると思う。
シャブで荒廃した根津仁八の瞳に映る、青田の稲穂に渡る無言の風。台所の片隅のホイホイのゴキブリを無表情な目で見下ろす秋吉久美子。観ているときはうんざりしてもう二度と観ないと思うのに、観終わった途端これは傑作だな、と思ったのは【十九歳の地図】も同じだった。



ベタついた感情が説明されていないのである。主役である青年たちはまったくたよりなく自分の感情も感覚も理解する以前の存在であり、かといってそれを包容するかのように一見感情に満ちた女たちも結局、浮草のように揺らぐばかりで締まりがない。
この監督の描く女は、あまたの監督の中でも私は一番好きかもしれない。二本しか観ていないが、そう思う。物語にも何にもなりゃしない、アイコンでもダーティヒロインにもなり得ない情けない女、結局一緒にいる男によってなんとなく小ずるく変わっていくうちに、自分も冴えないまま運を落としていくだけの平凡な女。それぞ女だとも思う。



感情では流されまいとしているようでも、感覚は押し崩されながら砂礫のように流れに従っていく。そして水は消えてもその砂礫が残る。私も結局そんなようにに生きてるんじゃないか、と感じる。
苦しみも喜びも仕事も恋も目的も価値基準も、それにその都度確実な言葉を纏わせて生きているけれど、最後は互いに誰も忘れていく感覚の泡沫でしかない。感情などというものは、渇いた土地の上ですぐに蒸発して霧散していく水分でしかない。そのかわり感覚だけが地表に、一抹の残り香としてこびりつくのだ。


表現などというものも、残り香として残るときのみ成功だと言えるんだ。とさえ思う。ほとんどの表現行為が人間の普遍を、あらゆる理屈や物語や文脈で説明することに、終始するなかで。
私自身が最も欲する「救いようもない感情と、それを救う一抹の感覚のエレガンス」を、この監督の情景表現は持っているから、魅かれたのだろう。
# by meo-flowerless | 2016-12-16 22:37 | 映画

【昇天峠】ルイス・ブニュエル

ルイス・ブニュエル【昇天峠】をビデオで観る。ヘンっな映画。乗合バスのロードムービーだという部分は清水宏の戦前の傑作【有りがたうさん】を思いださせる。



内容というより【昇天峠】というタイトルに惹かれる。タイトルに掻き立てられる妄想と同じ量の妄想が…質は違ったけど、映画中のその難攻不落の峠道にはあった。



母の瀕死に際しての遺産相続のトラブルを回避するために、青年は急いで乗合バスで山越えをし、公証人に会いに行かなければならない。早くしなければ母は死に、母の財産は全て悪徳の兄たちに占領される。新婚の妻との初夜もお預けのまま、様々な人々の乗り合うバスに、悲壮な気持で青年は乗り込む。



そこまでのシリアスな筋と裏腹に、バスに乗ってから、もう無茶苦茶。気だけ良いが気分屋で支離滅裂な運転手と悪路に翻弄され、まったくバスは目的地を目指してくれない。妊婦は産気づくし、ひとの生き死にや冠婚葬祭にいちいち付き合いながらツアー旅行のように昼夜が経っていく。実直で必死な青年だけがひたすら苛々しているはずだったが…



私は神仏を敬虔に信じているのではなく日和見な人間だと思うが、漠然と思う「神様」にはふたとおりある気がしてならない。厳しさと引き換えにすべての生に加護をくれるおごそかで超越的な神様。一方で「全てのことはそんなにうまくいきゃーしないんだよ!願いなんか叶わないからこそ、脱線や適当さが大事な時もあんだ」と教えてくれる人間の写し鏡のような神様が、いるような気がするのだ。私にだけかしら。



この映画の「気分次第で行路を変える運転手」「ムキになって青年を誘惑する色気爆弾女」の二人物は、観ている時にはいらっとするのに、観終わるとなにか、前述したようにテキトーな味のある「男神」と「女神」とに思えてくるから不思議だ。
女が果物の種をプッと吐きながら冷淡に言い放つ「欲しいものは全て手に入れたわ」というサヨナラの台詞が、あとあとまで気になって考えていた。子どもな青年を男にしてやった満足感、なんてことよりは少し含蓄のある一言。山頂に至るまでの(いろんな意味で)長い苛々する道のりの意味こそを教えてやったんだわ、という感じ。


昇天峠じたいが人生の縮図なのは確かだ。そうだとするなら「人生の山とは結局、妄想の嵩にほかならない」とブニュエルは言っているようにも思える。言っているというか、そんな世界観で自然に生きていたのかもしれない。
青年が無事下界におりて戻る家族との世界は、非常に現実的で実直な世界だ。
けれど人生はたぶんその実直を台本通りに読み合わせるようなものではない。人はだれも自分のなかに、昇天峠のように支離滅裂に変幻する妄想の聖山を持っている。その妄想もまたひとつの人生と呼べるのじゃないか。
# by meo-flowerless | 2016-12-06 05:35 | 映画

2016年12月の日記

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# by meo-flowerless | 2016-12-01 01:00 | 日記

2016年11月の日記

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# by meo-flowerless | 2016-11-06 11:39 | 日記

資生堂の赤

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授業で学生を天王州の「建築倉庫」に連れて行ったあと、隣の「PIGMENT」に寄った。
日本画画材を主に陳列販売している美しい店で、ピグメントではなくピグモンと読むらしい。壁面全てを日本画の岩絵具、洋画の顔料の瓶が虹のように覆い尽くしているのが圧巻である。ここまで綺麗だとかえって買う気も起きない。和紙、箔、膠なども揃っているが、海外観光客が「waoo amazing!」というための品揃えという感覚。



しかし例えば、玉虫色の粉体がここまで揃っている場所はあまり無いかもしれない。黒なのに緑に光るとか、金なのに紫色に光るとか。値段を見ると一両(15g)2000円前後。「高っ」と呟いているとすかさず優しいお兄さんが来て教えてくれる。「粉自体の比重が軽いので、量からすると結構かさはありますよ」ので買いそうになったが、肝心の自分の絵に使うイメージがわかないので、踏みとどまる。



赤の顔料のエリアに目をやる。その中でも特に目を引く美しい紅色、瓶の表記を見ると「天然コチニール」だ。お値段、15g7000円。特殊なサボテンに付着するカイガラムシの体を砕いて採る。要は虫の体液なのだが、この上なく美しい紅色だ。
お兄さんが、カイガラムシ本体の入った大瓶を見せてくれる。イタリアの顔料メーカーだけあって、オリーブオイルの容器のようだ。粉々の虫はまるで赤くはなく、粒胡椒のようだった。つぶすとたちまち紅色になるのだという。面白くてまたも買いそうになったが、やはり踏みとどまる。
「苺味のお菓子とか、皆さんの口紅にも入ってるんですよ。このカイガラムシは」とお兄さんが言う。

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彼は続けて、バーミリオンの大瓶とオーカーの大瓶を比べて持たせてくれる。バーミリオンの大瓶のほうが、恐ろしく重い。粉の比重が重いのだ。バーミリオンは硫化水銀であり金属だからだ。ほんの少しの粉末で恐ろしく高価で猛毒なのが、朱なのである。他には「ドラゴンの血」という植物の樹脂の赤もあった。これは日本ではあまりなじみないのではないか。ヘナのような色である。
自分が絵具研究するなら、多くの人がやっているんだろうが、やはり絶対赤を研究するぞと思った。
あまりに種類が多く美しすぎて、気分的にかえって何も買えず、シュンとして「PIGMENT」を出た。「青貝箔」という、瑠璃色に赤い虹のような点が浮かんだ美しいメタリックな箔だけでも買っておけばよかった、と思った。


しかしそこで引き下がるような経済観念の持主ではないのだ。画材に関しては比較的要らないものは買わない主義なのに、嗜好品の散財は別だ。
皆と別れてからハッと気付くとひとり、「銀座の資生堂」の店内に立っていた。赤い顔料など見たから、赤い口紅が欲しくなっているのである。目当ては、夏に発売されてから少しずつ集めている【rouge rouge】という口紅のラインだ。



【rouge rouge】は16色で発売され、全てが赤色のバリエーション、パッケージもスタイリッシュな赤黒で統一されている、資生堂久々の入魂の商品だ。
実は自分が資生堂の口紅を買うのは、20年ぶりくらいだ。資生堂インウイ(確か?)のアバンギャルドな細身の口紅に憧れ、買った。あの頃の資生堂のイメージにはまだ、山口小夜子のエキゾチックさが残っていた。しかし大人になるにつれ、メイク用品はもっと外資系の色のはっきりした色のものに変えた。日本のメーカーのものが保守的で地味なベージュやピンクしか売らなくなったからだ。
母が着物をリメイクして服を作りその色が鮮やかなので、私が鮮やかな赤い口紅をつけていないと母は文句を言う。男はそうは言わず、全く逆だ。何でもっと柔らかい色のを付けないのとか、たまにはピンクをつけたら、食われそう、などとよく言われた。両極の意見だ。女の唇の色とは一体なんのバロメーターなのか。



今回の赤バリエーションの口紅は、非常に資生堂らしいアーティスティックな試みで、嬉しい。
つけてみると、色も質も素晴らしいのだ。apple toffeeとかruby copperとか、bloodstoneとか、名前に合った、ただの真赤ではない様々な緋色、紅色、茜色、が並ぶ。正直16色の中には桃色や茶色もあるのだが、それを「すべて赤色です」と言い切る所が資生堂だ。
赤、は資生堂の精神性を象徴するカラー。それはピンクとかベージュなどオフィスでの実戦色とは全く違う、抽象的な美学の色だ。彼らがその16色について言っているのは、きっと色としての赤色のことではない。昔から女の指が知っている「紅を差す」という行為に伴った「あか」のイメージを言っているのだ、と感じる。



そういえば。
資生堂が放映中止した、インテグレートラインのテレビCM。「25歳過ぎたらもう女の子じゃない」「頑張る顔を見せているうちはプロじゃない」という台詞がセクハラだと物議をかもしたらしい。
オトナになったら普通とも言えるようなことを言って炎上するなんていやだな、と思い、youtubeで観てみた。
が、たしかになんとなくヤナ感じのCMだった。放映中止は極端だと思いつつも。
今をときめく若い女優を使っているのに、ストーリーや台詞が自分世代くらいの古さに満ちていて、つい赤面した。仕事にも恋にもフルスロットルな美人「女子」の群れが、ちょっとラグジュアルなソウルメイト限定女子会でグラスを傾けながら、あたしたちもう女子じゃない、などと宣言しているこっぱずかしさ。信用ならねえ。独りで内心呟く台詞ならまだしも。



「女子」という言葉が抹殺し続けるものは「青年」なんだろうな、という持論がある。青年に対応する女の呼称は確かにない。少女でもないし女でもない。しかしそれが無くてこそ、女が女たる由縁、のような気が自分にはしているので、「女子」などという自称は例え「女の子」などと言い換えた所で、私は好かない。
かつて「勝ち組、負け組」という言葉が流行った時、イヤな感じがした。その言葉が追いやった見えない何かがある気がした。社会から追いやられたというより、ひと一人の心の中で自ら消していったもの。極端な解釈だが、「女子、女のコ」と女が自称するときに発しているメッセージはそれに似ていて「勝者でなければ」「大多数の徒党の組に入らなければ」という同性間での圧迫と牽制だ、と感じてしまう。



資生堂は、もっと尖ったデザインのアーティスティックな広告でいけばいいのに、と思う。抽象的な美学を保持して欲しい。
だって、化粧とはほんとうは、女の行為の中でも自己完結した、特別に抽象的なものなのではないか。
その化粧の広告に、「職場」の「男」の「上司」の視線というリアルが入ってきた途端、化粧という行為の無機質な美は、いっきに消滅してしまう気がする。リアルな理由のメイクアップは、どんなにキラキラしたところで「生活感の延長」なのだ。プチ贅沢な女子会も然りだ。



社会での中でパワフル女子として充実感を誇示していくための化粧や食事だけでなく、「たった一本の取って置きの使わない赤い口紅」と「毎晩の孤独な茶漬け」という孤独なエレガンスも、この広い空の下に無数にひっそりとある。
ひとりの女とひとつの鏡の間の、孤独の時空。そういうものに私はロマンを感じてしまう。いろんな女がいろんな理由で口紅を手に取ってみたくなる、憧れと言う余地。それを資生堂はイメージとして請け負って欲しい。紅をさす行為にはどことなくいつまでも恥じらいが含まれている。その恥じらいもまた、具体的な生活感から来る理由あるものではなく、抽象的なものだ、
少女であろうが婆であろうが、社会で打たれていようが家を守っていようが、女は女。ということを表現出来る精神が資生堂にはあると思っている。勝手ながら。


顔料の話から随分飛んでしまった。紅を差すという行為を含めた赤の研究をしていこうかな。
# by meo-flowerless | 2016-10-15 10:13

【鬼の詩】 村野鐵太郎

【鬼の詩】('75村野鐵太郎)藤本義一原作。たまたま途中から観た。
映画として面白いのかはわからないが、ATGらしい簡素さとおどろおどろしさが相まって、鬼気迫る忘れ難いものがあった。明治末の噺家・桂馬喬の零落の生涯と芸道を描いた話。馬喬とは二代目・桂米喬をモデルにしているらしい。


仲間からの追放。報われない門付芸の流浪。偏執狂的なまでの先輩芸の真似。エキセントリックな遍歴を経て馬喬は、たった一人の理解者である妻を亡くしたあとには、亡霊のような姿に身をやつし際物めいた見世物芸で蘇る。
師匠や仲間が「それは芸の本道ではない」と警告するのをよそに、サディスティックな観客の玩具として自ら弄ばれるように芸をおとしめていく彼の末路には、天然痘で滅茶苦茶になったその顔を自虐的に利用した「究極の芸」があった。


実際の噺家・四代目桂福団次が演じているが、うつろで何をも観ていないような金壺眼が、役柄に嵌まっていた。暗闇の中でひとり必死に芸をあみ出してみても常に正道から焦点がずれてしまう、どこかが偏った人物像。けれど、ものを作る私のような人間にとっては、芸道の追求と表現への執念との違いに気付かされた。


安定した芸人にとって、また固定した観客にとってだけいえば、芸道には本道と邪道、上品と下品の境界線が確かにあるだろう。しかし人間にとっての芸、と考えた時にそこに生まれ出るのは、熟練や洗練に凝縮される芸だけではないはずだ。
芸、とはその人生に応じたものなのではないか。零落したならしたなりの、瀕死ならば瀕死なりの、奢りには奢りの中の、極度に偏っていても、そこにしかあらわれないような芸の求道と達成があるのではないか。
この場合の、芸、とは、巧さや個性というような問題ではないのだ。その人生からしか絞り出せない、なにかへの拘泥とでもいおうか。その言葉なき拘泥を通過することなしには、自分のすること全てが自分自身の中で尊厳を保てないような。
拘泥と執念。芸ということにおいて、自分の惹かれるのはそういうことだ。たおやかに生と折り合いを保ちながら円熟していくことよりも、反骨精神で鮮やかに暴力的な花を咲かせるよりも、だ。


芸。美。それらの言葉の解釈は、歴史を通じて華麗に変貌もするし、何度も再生産もされる。けれど独りの人間の「執念」は、その人間の身体と命と人生に付随した一度きりのものである。ときには世間の批評を拒みながら痛々しく放置される、見たくもない傷でもある。
万華鏡のようにあれこれと世界に解釈され続ける芸や美の話よりも、独りの人間の執念にショックを受ける時のほうが、私には衝撃度が強い。作品のことを考えるにつけても、まずは自分の執念のありかを探ることが一番先なように思う。


零落を反映する無様でエグい演目を絞り出すしかなかった馬喬の表現に尊厳を感じたのは、自分自身のそういう所に理由があるんだろう。馬喬の捨身の執念を、悲愴な露悪趣味や痛々しい見世物などと片付けることは出来なかった。
表現がどこでオリジナリティに辿り着くかなど予測出来ない。予測出来るものはオリジナルではないだろう。ただ、なにかしらの執念に対する自嘲や自虐を経てそれを突破したとき、不意に出会うような気は確かにする。
原作はまた違う含蓄がある気がする。読みたい。
# by meo-flowerless | 2016-10-11 21:37 | 映画

個展【密愛村】 -秋の有隣荘特別公開-

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2009年から描き続けているシリーズ【密愛村】が、収蔵先の大原美術館・有隣荘の特別公開に合わせて展示。【密愛村】Ⅰ、Ⅱ、Ⅳが一堂に会する機会は作者にとっても初めて。
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歌舞伎の心中もの「道行」や、歌謡曲の悲恋に思いをはせながら、架空の男女の一夜の夢の逃避行を物語る世界です。絵に合わせたドレスと詩のインスタレーションは、母の全面的な協力を得て作られました。また日本家屋での展示空間は私にとっても戸惑いと新鮮さが入り混じる経験となり、思わぬ立体作品が生まれる結果に。紙で出来たちいさなドライブインやモーテルは、脳裏に広がる密愛村の精巧なマケットのような気持で作りました。
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山陰や瀬戸内にお出かけの方は是非お立ち寄り下さい。大原家別邸であった、日本家屋自体が素敵な空間です。

平成二十八年 秋の有隣荘特別公開 齋藤芽生
会期:10月7日(金)〜23日(日)
会場:大原美術館 有隣荘(旧大原家別邸)
入場料:大人 1000円 (学生500円)
住所:岡山県倉敷市中央1-1-15
お問合せ:086-422-0005 (大原美術館)
# by meo-flowerless | 2016-10-05 17:08 | 告知

山の音

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トンガリ屋根のドライブイン。前の記事にも、それを目撃する時の、独特の心踊りのことを書いた。その時は書いても上手い言葉は見つからなかった。
幼少時から、幹線道路沿いにトンガリ屋根の飲食店を見かけるたび、なんだか無性に胸苦しいような腹苦しいような切迫感に襲われる。それが山深いロードサイドの廃墟だったりするほど、切なさは緊張感を増す。


かつて誰かがその山に分け入ったが、今は安否不明、消息不明である…というような、「山」のもたらす不安さ。山小屋風のトンガリドライブインへの違和感は、それを思いださせることが決め手なようだ。


今ふと、旅の宿の天井をみつめて寝転がりながら思っている。あれを目撃して感じるのは切なさではなく「心細さ」なんだ、と。切なさにはもっと人間臭い感情が絡む。侘しさや悲哀感と言ってしまうとより精神的になる。侘しさや切なさのもっと前段階に「心細さ」がある。それは半分は感情、半分は説明つかないような身体感覚のふるえだ。自分の全ての世界観には、その「心細さ」の体感こそが何より大切な基準のなのだ、とどんどん思えてくる。
トンガリ屋根のドライブインに感じる心細さは、そこに駐車して休憩、飲食などしてしまえば、違うものに変わる。車で通り過ぎる一瞬の、亡霊的な建物の幻影に、ビクッとする感覚でなくてはいけない。



昨日マルヒの鴻池さんも言っていた。あの型の屋根の流行は、60-70年代の山ブームや歌声喫茶の名残りではないか、と。そういえば、それは子供時代の私にも分かっていた。名残であり、もう既に廃れきった古い型だろうくらいの認識はあった。
ある時期に調子に乗って作られすぎた流行りのものは、それが過ぎた時代には、陰翳の黒さが倍増される。特にああいうロッジやアルペンタイプの建物には、華やかなりし頃の歌声喫茶の「空耳」が虚しくエコーするように感じられる。「空耳」の感覚も、自分の何かを常に遠くで支配する重要な感覚であり、「心細さ」と連動している。



父はよく、幼い私に歌を教えてくれた。ある夜道で「これは登山で死んだ友達に歌う歌だよ」と言いながら【雪山讃歌】を歌いだした。たまたまその日の夜空が曇っていて、黒地に白々と光る雲が空いっぱいに不気味に浮かんでいるのに気づき、何か「死」というものの非常の感じが急に父の歌声の背後に迫って来たように感じた。そのとき覚えた「死」はダイレクトな喪失の悲しみより、「消息不明」の心細さのことだった。




小学校三年の時に初めて学級で旅行に行く行事があった。いま夫が働くのに使っている御岳山の宿坊、そこにかつての私は林間学校宿泊に行ったのだ。
一人の級友が水疱瘡でひどく発熱し、下山することになった。ただでさえ初めてのお泊りで若干殺気立つほどはしゃいでいる子供たちは、その真夜中の下山、という非常事態にものすごく興奮した。私には、彼女がそのまま夜のどこかに忽然と消息を絶つように思えてならなかった。



御岳ロープウェイは18時最終だから、真夜中の下山は記憶違いのはずだ。が、皆で窓の向こうの山の闇をみながら、赤ランプをつけたロープウェイのひっそりとした消息に思いを馳せたことは覚えている。
山の底の方からなにかビーン…という絶え間ない電子音が響いていて、あれはなんの音だろう、と耳を済ました。遠雷が音もなくチカチカ山間に光るのもあいまって、秘密のモールス信号だとか、幽霊ロープウェイだとか、子供じみた憶測にシビれた。
あの山の遠くからなんとなく響いていたビーンという音が今も本当にするか、夫に確かめればよかったが、夫は工期を終え下山している。



あの耳を済ました夜、子供心に、「空耳に対して耳をすましている」という感覚があったのも覚えている。それはまるで今までないがしろにしていた亡霊の微かな声を聞くような不安な悲愴の感覚だった。
ただ単に音が気になるのではなく、夜のあちこちにあるはずの、自分の想像及ばない他者の営みや、土地の過去や、風化した出来事や、封印された時間、そういうものの重い質量に、改めて思いを馳せた時間だったのだ。そういうことに対峙する自己は無防備でたよりなく、未知の暗い地球の半球に剥き身で放り出されていたのかもしれない。



圧倒的に暗い夜の闇に対峙して、必要以上に騒いで怖がるような人はきらいだし、逆に大丈夫大丈夫を連発して不遜な人もきらいだ。怯えながら分け入ってしまうような人には惹かれる。気配は確かにある。その気配との心細いやりとりが、自分が生きているということの基本的な把握なのだと感じる。



トンガリドライブインに対する心細い怯えと怖いものみたさは、そういう、闇に何かを幻視、幻聴する感覚に近い。子供の遠足の道端にポッカリと渇いた傷口を開けている、棄てられた「大人たちの営み」の痕跡。町中で脈々と続く家族の暮らしとは対局にあるような、気まぐれなレジャー感覚の果てに飽きられたそういうものに限って、なんか生々しい人間の慚愧を感じたのかもしれない。
もはや気配と化したかつての人間の念は、いつしか優しい夜風になる。優しいと言っても人の心細さを逆なでするような奥深い怖さをもった優しさだ。トンガリドライブインから発するオーラには、「何かを言おうとしたまま事切れた優しい表情の死骸のような怖さ」がある。



その感覚を、私はもっとちゃんと描けるようになりたい。
# by meo-flowerless | 2016-10-05 01:42 |

2016年10月の日記

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# by meo-flowerless | 2016-10-04 21:09 | 日記

2016年10月の夢

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# by meo-flowerless | 2016-10-01 05:34 |

ドライブイン愛、再び

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茨城奥地での旅生活での個人的な興奮ポイントは、道路沿いにドライブイン廃墟の良好物件を見かけること、だった。
実際は美容院やスナックなんかだったりすることもある。なんの店であれ、自分にとって「これぞドライブイン」と認定できる、特徴的な家屋の佇まいや色合いがある。
「鮮やかで且つどす黒く、際立って且つ頼りない」。それが私のなかの感覚的なドライブイン条件である。ラブホ廃墟との違いは、「なんか単純」という感覚だ。これがドライブインには大事であり、悲哀を誘いそそるポイントだ。




ドライブイン建築で好きなのは、トンガリ屋根の多用。複合的にアルペン的な三角屋根を折り重ねたり並べたりする構造が多い。「片流れ」の屋根も多い。片方が長辺の三角屋根だ。
もちろん普通の箱型タイプもあり、それはそれで素っ気なく好きだが、トンガリタイプのドライブインの魅力はまた別物なのだ。箱型タイプにはロードムービー的西部音楽なんかが合う。しかしトンガリタイプの背後音には、重い無音がふさわしい。もしくは「…遠くの滝ツボにグランドピアノが落ちたかな…気のせいかな……」くらいの、幽かに猟奇的な気配が。



あの手の建物の窓やドアが、顔の表情に擬人化出来るという怖さもある。その方向で型に羽目過ぎるとオカルト的洋館になってしまうのだが、そこまで行かずに恐怖感を踏みとどめ、日本的「マヨイガ」の懐かしさや、夢から覚めたあとの無常な「砂の城」感もなくてはならない。
自分が閉じこもっていた、まるで子宮みたいな自分の薄皮を脱皮して振り返ってみると、そこに虚しく空洞と化したどす黒い抜け殻があった…普通の箱型ドライブイン廃墟などに感じる切なさは、例えばそういう悲哀かもしれない。廃墟そのものがそういう蝉の抜け殻的いたみを感じさせる。
しかし、子宮的回帰的な切なさとは別の切なさを、トンガリドライブインには感じるのだ。「腸にくる」切なさである。



なんというか、トンガリドライブインを見かけると、「喜びで腸管がブルブルッと震える」。あの感覚は、独特である。しかも、5歳くらいの時から、すでにそうだった。
あの腸管の震える切なさは、一体なんなんだろう。便意だろ、などどいわないでほしい(でも近い)。今でも同じトキメキが体を突き抜ける。



滞在先の大子町へ行く途中、確か名前を「民宿みき」という、素晴らしい建物を見た。三角屋根、ツギハギ建築が橋下部に掘り下げられているような客室構造、テント覆いの多用、グランドの雲梯みたいな鉄筋渡り廊下。しかも色彩が、赤青黄のバタバタした三原色に、ピンクなども入り混じっていそうな幼稚園カラーっぷり。本の一瞬しか見えなかったが、思わず車のなかでも腸が直立スタンダップするような激情を覚えた。
実際行ってみると大したことないのかな。今度きっと行くぞ。



ドライブイン(と自分で認定するところのもの)への愛は、私のなかでは歴史古く、歌謡曲愛や古いものへの執着の、もっと前段階としてあったものだ。
稲垣足穂の【A感覚とV感覚】をかつて読み、最初はその言葉の元である「肛門期的/性器期的」という発達心理学的知識にへえっと思ったくらいだったが、ある日ふと「ドライブインを見た時の腸のふるえ」を思い出し、あれが私のA感覚なのか?と思った。その後そういう趣味に特に目覚めたわけではないのだが。そしてそういう便意にも似たA感覚は、どうも、エロス的体験ではなくタナトス的体験というもののようだ。ある種の子供の感受性には、生の欲動より死の欲動がまず鮮烈な洗礼を浴びせるものなんではないか。しかし何故ドライブインが私にタナトスの魅惑を垣間見せてくれたのかは、わからない。
似たような腸管痙攣的A感覚の切なさを感じるものに、遠くの暴走族バイクの唸りがある。いまビジネスホテルの外にそれが聞こえ、ちょうど思い出した。



そう、茨城県北滞在も終わり、今日は新幹線で岡山まで来たのだ。
ドライブイン動体視力があがっていて、東海道山陽沿線にもたくさんのドライブイン的極彩色建物を見つけた。好きな人を目の前にしながら逃してゆく歯噛みするような思い、を高速濃縮したみたいに、遠く淡く、しかしどす黒く鮮やかなドライブインの姿たちに、腸がキュンキュンした。
書いていてだんだん変態みたいに思えてきたが、言語化しないだけで、皆のなかにも、それぞれのこういうフェティッシュはきっとあるんだろうと思う。
# by meo-flowerless | 2016-09-23 00:34 | 絵と言葉

大子町日記最終日

大子町日記最終日

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# by meo-flowerless | 2016-09-19 14:56 | 日記

大子町日記

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# by meo-flowerless | 2016-09-11 01:45 | 日記

2016年9月の日記

2016年9月の日記

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# by meo-flowerless | 2016-09-08 01:34 | 日記

2016年9月の夢

9月1日

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# by meo-flowerless | 2016-09-01 12:03 |

八月の砂、九月の砂

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焼ける熱い砂の上をビーチサンダルで歩き、波打際で裸足になって立つ。熱さと冷たさの入り混じる中に足が崩れ溶けていく、不思議な感じ。
これをするなら盛夏ではなく、八月と九月の境目の今ごろがいい。日射にひりついた頬を涼しい秋風が撫でていくような、矛盾ある気候のなかがいい。砂の熱さと冷たさ、優しさと残酷さを両方感じる。
「砂の優しさと残酷さを両方感じる」。たとえるならそういう経験で一生を埋め尽くしたいし、そういう経験によって一生をほどきたい。



もし砂というものに自我があったら。それは岩とも水とも違う感情を持つだろう。
陽にも水にも馴染み、熱くも冷たくもある。何かをきつく埋めもし、何者にも掴ませずに散りもする。その変幻自在さは、自我というもののイメージからはほど遠い。けれどそのように存在する自我というのもあるんじゃないか。何をも静かに偲び、ぎっちりと埋め、虚しく風化させる。そういう最終形態のような自我、というのにずっと憧れ続けている気がする。
人らしく暑苦しく蠢かずとも、砂のようでありさえすれば関われる世界もきっとあるはずだ。と、そんなことばかり考える。



八月と九月の境目にはよく、二十代前半の頃を思い出す。様々な場所への旅は、大体この季節に行った。孤独の密度を吟味していた頃。あの孤独は実は、青春を過ぎた今も続いているのかもしれない。
石川セリの【八月の濡れた砂】の、「あたしの夏は明日も続く」という歌詞のように、身体の老いや時の進行とは裏腹に、永遠に時も経ず取り残されたままの自我が、いまもどこかにある気がする。



この歌が、甘い青春の痛みを歌っているのには違いない。が、「あたしの夏は明日も続く」という歌詞の不滅感と不死感には、静かな凄まじさを感じる。打ち捨てられた船や取り残された人の、季節に焼き尽くされる側の痛みではなく、何をかもを焼き尽くしてしまってまだなお残る、太陽の側の孤独を感じる。
「あたしの海」「あたしの夏」、それらを所有するのと引き換えに、この歌の「あたし」は決して、「あたしのあの人」や「あたしの幸福」のようなものは所有出来ないのではないかと思う。



あたしの海を真っ赤に染めて
夕陽が血潮を流しているわ
あの夏の光と影は どこへ行ってしまったの
悲しみさえも焼き尽くされた
あたしの夏は明日もつづく



この曲が大好きで、この晩夏の情緒で一生を生き抜きたい、と思っていた。明るくはじけたりはしない、暗く焦げ付く灼熱。光と影のコントラストの強い、夜のような真昼。不気味に眩しい時間。青春という虚構に冴え渡る孤独。濡れた砂のように、熱さと冷たさ、堅さと柔らかさの入り混じる情緒。



中島みゆきの【船を出すのなら九月】という歌もまた、自分の世界の形成の底にずっと横たわっている一曲である。八月の灼熱が醒めたあとの世界だ。
歌詞の夢幻感だけでない、冷たくはりつめたメロディー、遠い他人の夢の中みたいな声、世界への拒絶や距離をそのまま音にしたような編曲、すべて醒め果てている。
【八月の濡れた砂】の「あたしだけの海」は、つまり「誰もいない海」なのだ。「あたし」のすべては「残骸」のようなものの全てに等しい。濡れて熱い八月と、渇いて醒め果てた九月、この二曲は、自分の中で対のような曲だ。



二十代のころ、薄ら涼しい九月の北海道へ船旅をした光景が、この曲に重なる。
台風後の黒く荒れた海原。銀色のイルカクジラの群れ。遠い国後の島影。ロシア語の混線ラジオ。蜃気楼か国籍不明の難破船か、遠い白い船の影。青々した幻灯のように、脳裏に残っている。



あなたがいなくても 愛は愛は愛は
まるで砂のようにある
人を捨てるなら九月 誰も皆冬を見ている頃の九月
船を出すのなら九月 誰も皆海を見飽きた頃の九月



中島みゆきの歌には、さいはての土地で孤独に生きる時間感覚、たとえば灯台守や誰も来ない山の観測所勤務や、海原の船上で日誌をつけている人々などの持つであろう、ぎっちり密度の詰まった孤独な時間を感じる。
いわゆる「世間」のペースについていけないようなときがたまにある。時勢の雰囲気や様々な風潮に押し流される。そんなとき彼女の歌を聴くと、自分の中の時間の流れ方、ものの見つめ方が、ふと変わる。



この曲もまた「砂」的だ。延々と砂時計で時間が測られている感じ。
砂の凝縮感だけではなく、その脆さや、あらゆる密度が結局無に帰する無常感、も、この歌の底に流れる。
人情の不安定さ、愛の永遠ではなさ、に嫌気がさすとき、無機物や殺風景の非人情にかえって心を寄せたくなる。自分の存在よりも遥か時を超えて残り続けるものたちは、想像を絶するような優しさを持って感じられることがある。風化しようと、言葉なきものであろうと。



これらをよく聴いていた二十代のある日に思ったのだ。
砂のように緻密な孤独を観察することに、一生を賭けよう。徹底的に個と対峙する、そういう人生がこの世の片隅にあることくらいは許されているはずだと。何かを見失いそうになったら、砂を裸足で踏みにいけばいい。
そういう感覚は、今も喪われずに自分にある。
# by meo-flowerless | 2016-08-29 08:10 |

無為無策旅行・ 愛知めぐり

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バス、電車、またバスを乗り継ぎ、知多半島の先端、師崎港へ。
暗い霧雨の平凡な県道景にうつらうつらしていると、時々夫が私をつついて起こす。目を開けるたび、白金色の眩しい視界のなかに広がる海があった。
師崎の港から、小さな船で日間賀島へ。ひまか島という響きがのんきで良い。着いた港の前に、数軒の魚介土産屋が軒を連ねている。一軒の前には「暇持て余し用」の椅子が三つくらい出してあり、椅子の背後の硝子戸に、ひらがなの「ま」の一字が書いてある。「ま」という字も何かまぬけで良い。
海水浴客や釣客に全く会うことのない集落の路地を、一時間ばかり、ひたすら歩く。
大きく育ったイチジクの木の多い島で、実がたくさんなっていた。

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# by meo-flowerless | 2016-08-20 21:30 |

ラシャ紙への愛

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世界堂の紙コーナーで色紙を物色していて、A3、B4などほとんどの紙サイズの棚が「タント紙」に占拠されているのにがっかりした。がっかりした、と言ってはタント紙がかわいそうなのだが、同じようなプレーンな色画用紙でも「ラシャ紙」の各サイズが揃っていて欲しいのだ。



ラシャ紙は、日本人ならたいていの人が図画工作教育で一度は手にしたことがあるであろう、歴史の古い、日本製の色紙である。小学校の図工室の紙棚の匂いや色彩を思い出し、ノスタルジックな気分になる。
色数は現在120色もにのぼり、それぞれ「ひわ」「たばこ」「ときわ」「あざみ」「かすみ」などの日本の色名がついている。特急の名前のようで良い。
町の文房具屋でさすがに120色全てを揃えている所は少ないだろうが、一枚一枚色見本で丁寧に見ていくと、目に優しい懐かしい色合いばかりだ。それとも、幼児体験にラシャ紙の記憶が先に刷り込まれたから、そのような色合いを無意識に好むのか。



ラシャ紙の名前の由来は、起毛服地の「羅紗」の質感のような暖かみを目指して作られているから、らしい。1940年代から作られている、日清紡開発と竹尾販売のロングセラー品である。
世界堂本店では今、ラシャ紙は巨大な四六版の大きさのみ売っており、店員に言って一枚一枚出してもらうような売り方である。椅子に上って恭しく一枚一枚丁寧に引き出してくれる店員さんの姿を見ながらこれを買うと、少し感動が増す。まあ、だからいいのかな。



かたやタント紙を自分が画材屋で見かけるようになったのは、浪人生の頃だった気がする。もっと前からあったのかな。わからないが。
色の美しさや少し凹凸のある表面、高い質に間違いは無いのだが、自分個人は、最初手に取った時から、なぜかこの紙種が好きになれなかった。素材には作り手との相性というものがある。タント紙は特に色彩が、自分にとっては、なにかはねつけるようなよそよそしさがある気がしてならない。
質感にしても、多様な色材ドローイングには耐水性が過ぎ、鉛筆やコンテなどのデッサンには滑り過ぎ(もともと描画用紙ではないだろう)、工作には厚みが薄すぎる。
でも、このタント紙が世間一般に受け入れられることは理解出来る。なにか表面的なキャッチーさはある。PC世代の感性を感じる。
いまこの記事を書いていてキャンソン社の「ミ・タント紙」とこれを間違えていた。タントは日本製のようだ。ちなみに凸凹の強いキャンソン紙も使いづらくて自分はほとんど使えない。



他の紙と比べれば比べるほど、暖かい手ざわりのラシャ紙への愛が募る。
「かつての日本の各企業、職人や技術者のものつくり精神」という自分の中の戦後や昭和のイメージをそのまま地でいくような、堅実な高品質さ、愛着を持てるわかりやすさ、くせのない使いやすさがある。これが無くなってしまったら、自分の寿命も物悲しく縮んでしまう、そんな気さえする。
「ラシャ紙」は「トーヨーの教材おりがみ」の古くからある素晴らしい色出し(特に蛍光に近いピンク群の素晴らしさ)と合わせて、日本人による日本の商品として、決して無くなって欲しくないものである。
どちらも一度、工場見学で制作行程を見てみたい。
# by meo-flowerless | 2016-08-11 17:30 | 絵と言葉

私的昭和キラキラ史

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いま聴くと【キラキラ星】という曲は、その題にふさわしい優しい音楽だと思う。キラというのが英語ではtwinkleという美しい響きなのだと知ったのは、幼時この曲を覚えたおかげだ。しかしまたこの曲から直接的に夜空に光る星をイメージすることが出来ないのは、耳にこびりつく自分のへたくそバイオリンの調べのせいだ。
三歳の時初めて小さなバイオリンを持たされて、同じ団地の若い男の先生のところに習いにいくようになった。とても優しくて素敵な先生なのが良かったが、自分のバイオリンの音は一向に優しくて素敵にはならなかった。
鈴木教本の一番最初の曲が【キラキラ星変奏曲】だった。様々な弓使いの練習のために【キラキラ星】をいろいろなリズムで刻んで弾かなくてはいけない。「ギギギギギッッギ」という潰された蝉みたいな自分の音が、この曲の記憶のすべてを支配してしまった。

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幼いとき、何時頃に寝かしつけられていたのかは覚えていない。真夜中、尿意や寂しさなどで急に起き、寝ぼけ眼でテレビのついている居間にふらふら歩いていく時間帯があった。必ず母が「どうしたの?おトイレ?」と優しく笑って振り向いた。
その必ずの向こうに、もう一つの必ず、があった気がする。【スター千一夜】のオープニングテレビ画面である。同じ時間に起きる癖があったのだろう。言葉を覚えるのは早い子だったので、スターの意味もなんとなく分かったし、発音は分からないが千・一・夜のそれぞれの漢字の意味も分かった。ただ、しばらく「ちいちよ」と読んでいたと思う。



ああ、「夜」…。その文字は印象的だった。「夜」か「タ」の文字のどこかの点が星になっていて、キラリンと煌めていた。
「キラ」という煌めきに、現代人はほぼ、ウィンドベルをかき鳴らした音をイメージするのではないか。形はやはり、十字やダイヤ形の点滅するイメージだろう。それまでその一般的「キラ」をあまり理解出来ていなかったのだが、真夜中の母の笑顔の向こうの【スター千一夜】こそが、キラキラの凝縮形態との出会いだったと思う。親の役目を解放されてぼんやりとくつろぐ新鮮な母の顔と十字&ダイヤ型の光とともに、真夜中の時空への誘い、大人の深い時間帯の憧れ、宇宙の遠い距離…が自分の中に定着された。



それからというものしばらく、なんにでもキラキラの形を書き入れた。ただし、★という星の描きかたを親に教わってしまってからは、十字型のキラキラをほとんど絵に描かなくなってしまった。これは70年代少女漫画から80年代少女漫画絵の移行期の、はやりの記号の変遷ともリンクする。十字形のキラキラが古くさい、というイメージになってしまったのだった。
今では十字形のキラキラのノスタルジックな汎用性のほうが好きだ。



写真にある自作の定期券にも、しきりに★を書き入れている。というより、いまみると「ある所⇔そこの所」という大雑把な時空の広がり感が凄い。昔の私のなかには宇宙が広がっていたのだろう。今辛うじて残っているのは「どういうところ経由」という中途半端な寄り道感だけである。



さきほど調べてみたら【スター千一夜】の放映時間はたかだか20:00前後だったようで、可笑しくなった。私はあれが真の「真夜中」なのだと思っていた。今ならようやく大学の仕事が一段落つき、自分の一日が始まる時間だ。


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自分の中の「キラキラ」の五感的最高形態はいったん、小学生頃に発売された【宝石箱アイス】で完成を見た。そんなにロングセラー商品でもなくわりと高かったカップアイスだが、昭和の菓子話ではよく登場する伝説的アイスだ。
縁をラウンドにした立方体に近いカップは、黒い色をしていた。そのデザインが素晴らしかった。蓋に赤、黄色、緑のそれぞれの味に合わせた色の宝石とも氷とも十字星とも言えないキラキラしたものの写真が印刷され、白い細斜体文字で【宝石箱】と印字されている。【スター千一夜】を思い出した。



なんて素晴らしいのだろう、高いけどこれは売れるぞ、と一目見て思った。バニラではなくミルクのアイスに、ザクザクと色のついた氷の粒が混じっている。それを宝石に見立てているのだ。とくに「エメラルド=メロン」の味が最高だった。高級というより、洒落た味わいだった。
やがてどこの菓子屋でもアップルカクテル味しか見かけなくなり、【宝石箱】の廃番に気付いた。子供心に寂しかった。ときめきをもう一度、と思っていた。
その頃にはテレビ番組【スター千一夜】も終わっていたようで、自分が夜の時間にそれを観覧することは、その後なかった。


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一回「キラキラ」に撹乱が起こったのは、地元八王子のカルト盆踊り曲【太陽おどり(歌・佐良直美)】によってだった。
盆踊りの時、変なエグい曲がかかるなぁ、とは思っていた。しだいにそのゴーゴーサイケな編曲や中性的ボーカル「はっぱキラキラキンラキラ、ハァ!キンラキラキラキンラキラ」というわけのわからない歌詞が気になり始め、違和感を覚え出した。
丸顔にラウンドカットの、男か女かわからない、いつも笑顔のままで低音の歌を歌う佐良直美が、当時は意味もなく恐くてしょうがなかったので、ご当地盆踊りをあの人が歌っていると思うといやだったのだ。
「葉っぱのなにがキラキラすんだ?キラキラは太陽ではなくスターではないのか?しかも、チラチラともギラギラとも聞こえるあの発音は、何だ?」



しかし大人になるにつけ、昭和の歌謡曲に嵌まり、【いいじゃないの幸せならば】の佐良直美の深い歌唱力に嵌まり、【太陽おどり】が「ひとりGS歌謡」の名曲だと気付いたのだった。
夏祭りには八王子のどこででも、彼女の声の原形をとどめない焼き直しテープの【太陽おどり】を聴けるけれども、音源がちゃんと聴きたくなった。ようやく、八王子中央図書館に三本しかないテープを借りて聴くことができた。が、こともあろうにそのテープを誤って延ばしてしまう、という罪を犯し、貴重な【太陽おどり】テープは、図書館に二本になってしまった。数年後に行ってみたら、もう皆無だった。生涯最悪の罪悪感は、これである。



「はっぱキラキラ」の歌詞は、今でもちゃんとした意味を知らない。葉っぱは、高尾山の葉っぱのことである。
太陽、平和、キラキラ….60年代後期〜70年代初頭のキーワードをただぶち込んだだけなのだろう。平凡な歌謡盆踊りになるところが、GS的アレンジと佐良直美の絶妙なボーカルで、またとない名曲になっている。地元のファンキーモンキーベイビーズがカバーしていた。
youtubeで「世界でいちばんナウい新八王子音頭」という題で太陽おどりをあげている人が居て、馬鹿にされてるなあと思いつつ秀逸。やはり名曲。
先日近所の盆踊りでも、しょっぱなにかかっていた。夏の間、どんなに音声が悪くてもあの「はっぱキラキラ」を聴かないと、夏を過ごした気がしない。
今年初甲子園出場の八王子高校は、ブラスバンドも全日本レベルらしいから、どうか応援のブラス曲に「はっぱキラキラ」を取り入れて欲しい。滅茶苦茶応援してるぞ。テレビないけど。
# by meo-flowerless | 2016-08-02 22:40 | 絵と言葉