画家 齋藤芽生の日記
by meo-flowerless
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深夜のポール・モーリア
NHKラジオ深夜便、こんやの午前2時代のロマンチックコンサートは「ポール・モーリア」特集だ。ヒーコラヒーコラしたストリングス、急ぎぎみのリズム、人工的なベースライン。それが、なんだか妙に良い。記憶の触手が夜空にざわざわ揺らめくような懐かしさがある。
ポール・モーリア音楽など普段から好んで流しはしない。どこにでもかかっているからだ。人通りが朝も夕暮れも同じくらい閑散としている、商店街のスピーカーからスカスカと聴こえていたり。水族館のイルカショーで、曲にのせてイルカが輪を飛び越えていたり。三級ホテルの一階によくある、喫茶レストラン(おかっぱのベテランウェイトレスが一人暇そうに突っ立っている)にかかっていたり。
時代感のせいもあるが、水中花のような音楽だと思う。ただ造花だというだけではなく、安硝子のひんやりした水に漬けてあるはかなさが、とても似合う。【オリーブの首飾り】などはもうマジックショーの記憶にまみれ過ぎていて、音楽として耳に入ってこないのだが、改めて聞くと名曲だ。
学生時代の研修旅行先で、深夜に皆で那須の施設を抜け出し、夜歩きをした。本来なら門限を守らせる役目の助手のK野さんが一番はしゃいで先導していた。そして星空に響くような声で「なんかほら!ポール・モーリア【恋はみずいろ】って感じの夜じゃんね!」と言った。その感じが理解出来たのはそのとき私だけだったな。ふと思い出した。
学生気分のまだ抜けない新任助手の、過ぎ去った学生という身分への微妙な思いというのがあったのではないか。教員になって助手を見ながら、初めてそんな彼らの揺らぎを垣間見ることがある。それがポール・モーリアとなんで結びつくのかはわからないけど。K野さんが言ったのは、青春の夜の淡さみたいなことだったんじゃないか。
自分の人生のテーマ曲には、じつは歌謡曲でもクラシックでもなく、風景のどこか遠くから漂ってくるペナペナに薄いイージーリスニングの方がいい。そんな感覚は今もつねにある。イージーリスニングのBGMとセットの「薔薇やスワンが似合う愛」には、全くズレたところにある自分自身の孤独な愛がかえって浮き彫りになる。そういうのがいい。
「なんとなくよかった時代、へのうっすらした喪失感」がボディブローみたいに効いてくる…そんな夜にはポール・モーリアはピッタリなのだ。